道場に掛けられた掛軸を見ていた冨田和博石久副館長が不意に、〝この文字の書体は松道流だ〟と云われた。私は小学生の頃から波を意識して文字を描いていたが、書体の意識はなかった。直感で、この文字を「松道流書体文字」と命名した。令和7年9月18日のことだった。
嘗て、明治大学専門職大学院の故杉野周教授から、〝山岡鉄舟のように書を嗜んだら如何ですか、ホームページも制作しては〟と云われたことを思い出した。杉野先生は私の指導教授で、松栄館道場にも数回来られた。道場に掛けられた達磨絵は、研究室に掛けられていたものをいただいた。(右側の短い達磨絵)
松道流書体文字の第1号は冨田氏への松道流最高段位六段の免状で、謙久の師範証が続いた。山岡鉄舟の書の嗜みのように、私も松道流書体文字を気ままに描く。
令和7年9月20日
相久
松道流 護身武道 松栄館
当流HPをご覧いただき、ありがとうございます。 当流は昭和18年、旧水戸藩士・武石謙太郎兼相居士の弟子・松本貢兼久が無比流、浅山一伝流、兼相流等諸術を総じて創設しました。身体操法の振り返りにより、日本古来のエッセンスを身につけ、実生活での向上を目指しています。
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